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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)145号 判決

原告 真銅周子

被告 渋谷税務署長

代理人 平賀俊明 吉岡栄三郎 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五一年九月二九日付で原告の昭和五〇年分所得税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定(異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五〇年分所得税について、長期譲渡所得の金額から租税特別措置法(昭和五三年法律一一号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三五条一項所定の居住用財産の譲渡所得にかかる特別控除(三〇〇〇万円)等をして課税長期譲渡所得金額を八七四万八〇〇〇円として確定申告をしたところ、被告は、同条の適用を否認して、昭和五一年九月二九日付で課税長期譲渡所得金額を三八七四万八〇〇〇円とする更正及び過少申告加算税三〇万円の賦課決定(以下、一括して「本件処分」という。)をした。

原告は、これを不服として同年一一月二九日被告に対し異議申立てをしたところ、被告は同五二年三月二日付で措置法三一条二項所定の長期譲渡所得の特別控除(一〇〇万円)を適用して課税長期譲渡所得金額を三七七四万八〇〇〇円、過少申告加算税を二九万円とする異議決定をした。更に、原告は、同年四月一日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は同五三年九月六日付でこれを棄却する旨の裁決をした。

2  しかしながら、本件譲渡所得は、原告が居住の用に供していた財産の譲渡によるものであるから、右譲渡所得について措置法三五条一項の適用を否認してされた本件処分(右異議決定により一部取り消された後のもの。以下同じ。)は違法であり、取り消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  被告の主張

1  本件課税長期譲渡所得金額は、原告が昭和五〇年九月二二日、その所有する大阪市阿倍野区相生通二丁目六六番地所在の建物二六一・二三平方メートル(以下「本件家屋」という。)及びその敷地の用に供されている宅地五九五・〇四二二平方メートルの借地権を訴外田園都市開発株式会社に譲渡したことにより生じたものであり、その算出の根拠は、譲渡収入金額四三九〇万六二五九円から取得費三一六万四三一三円、譲渡経費一六七万五〇二〇円、措置法三一条二項所定の長期譲渡所得の特別控除一〇〇万円、社会保険料控除一万三二〇〇円、生命保険料控除四万五〇〇〇円及び基礎控除二六万円を控除した残額である。

2  右譲渡にかかる本件家屋は、措置法三五条一項所定の「居住の用に供している家屋」にあたらないから、その譲渡所得につき同条所定の特別控除は認められない。

すなわち、措置法三五条一項の特別控除制度の趣旨は、居住用財産を譲渡した場合にはこれに代わる新たな居住用財産を取得するのが通常であることから、所得税の負担を軽減することとしてその取得を容易にする点にあるが、右の趣旨と同項及び租税特別措置法施行令(昭和三二年三月三一日政令四三号、以下「施行令」という。)二三条一項の文理に照らすならば、右「居住の用に供している家屋」とは、譲渡のとき若しくはこれに近い時期までに、その者がある程度の期間継続的に居住する意思をもつてこれに起居し、生活の本拠として利用している家屋をいうと解すべきであり、右にいう生活の本拠とは人の生活関係の中心的場所をいい、主として定住という客観的事実によつて判断されるべきものである。

ところで、原告は、夫真銅博(以下「博」という。)の昭和四七年二月一日付東京転勤に伴い、同年三月二二日家族全員と共に本件家屋から東京都渋谷区西原一丁目七番二号所在の代々木フラワーマンシヨン六〇一号室(以下「東京の家屋」という。)へ転居し、家族全員の住民登録も同日付で本件家屋の所在地から東京の家屋の所在地へ移動し(なお、原告のみは同五〇年九月二七日東京の家屋の所在地から本件家屋の所在地へ転入し、さらに同五一年三月一日再び東京の家屋の所在地へ転入する住民登録をしている。)、同月二一日には本件家屋から東京の家屋への家財道具等(一部)の移転を済ませた。他方、原告家族の右移転の後、本件家屋には、従前から間借りしていた酒井スエコが引き続き居住していたため、電気、ガス、水道、電話の供給等の契約は継続していたが、町会費は一切支払わなかつたし、原告らはもちろん本件家屋に居住することはなく、たかだか原告及び博が月一回所用で来阪した際寝泊りする程度であつた。このように、原告は、昭和四七年三月以降同五〇年九月二二日本件家屋及び借地権を譲渡するに至るまで、東京の家屋にある程度の期間継続的に居住する意思をもつて生活の本拠として利用し、本件家屋には定住の事実はもちろん定住の意思もなかつたことは明らかであるから、本件家屋は措置法三五条一項所定の「居住の用に供している家屋」にはあたらない。

3  したがつて、本件譲渡所得について措置法三五条一項の適用を否認してした本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1(一)  被告の主張1の事実のうち本件家屋の床面積、課税長期譲渡所得金額を除き認める。本件家屋の譲渡については措置法三五条一項が適用されるから同法三一条二項は適用されない。

(二)  同2の事実のうち、博が東京へ転勤したこと、住民登録を被告主張のとおり移動させたこと、本件家屋に酒井スエコが居住していたこと及び電気、ガス、水道、電話の供給等の契約を継続していたことは認めるが、その余の事実は争う。

(三)  同3は争う。

2  本件譲渡所得については、次に述べるとおり措置法三五条一項の特別控除の適用がある。

(一) 措置法三五条一項所定の「居住の用に供している家屋」とは、所得税法二条一項三号を参照して考えれば、人が住所又は居所として利用している家屋と解すべきであり、ここに「住所」とは当該人について、問題となつた法律関係に最も関連の深い場所で当事者意思の具体化された客観的諸事情から生活の本拠があると認められる場所をいい、これが認定には当該人の定住意思が重要な参考資料となるものであり、また「居所」とは当該人の生活との関係の度合が右住所程密接ではないが、その生活の一拠点(生活の準本拠)となつている場所をいい、「仮住い」もその一種であると解すべきなのである。そして租税特別措置法(山林所得、譲渡所得関係)の取扱通達(昭和五〇年一一月四日直資三―一四、直所三―二三による改正後のもの。以下「本件通達」という。)三五―一本文によると、右「居住の用に供している家屋」に該当するかどうかは、その者及び配偶者等の日常生活の状況、その家屋への入居目的、構造及び設備の状況その他の事情を総合勘案して判定すべきものとされている。

(二) これを本件家屋についてみると、本件家屋は次のとおりこれを譲渡するまで原告の生活の本拠又は少なくとも生活の一つの大きな拠点であつたのであるから、右「居住の用に供している家屋」に該当するというべきである。すなわち、本件家屋は、原告及びその家族が長年居住目的で生活をしてきたものであつて、博が東京へ転勤した昭和四七年三月以降も、原告及び博は出張その他の際に毎月四日から六日間使用していた。家屋構造は東京の家屋(二DKの賃貸マンシヨン)に比較し床面積三五一・〇二平方メートルに及ぶ大きな家屋で、家具等の大部分を置いたままにし、管理人酒井スエコにその維持管理をしてもらつていた外、電気、ガス、水道等日常生活に必要な設備はいつでも使える状況にしていたのであるから、居住の客観的状態が存在していたということができる。また、原告は当初東京の家屋に時折寝泊りしていたにすぎず、博の東京勤務が長期化するに及び次第に右東京の家屋で起臥寝食することが多くなつたものの、これに定住する意思はなく、あくまでも東京の家屋は仮住居であつて、本件家屋こそが生活の本拠であると考えていたうえ、博の転勤が解消すればいつでも本件家屋を使用することとしていたから、本件家屋に定住する意思を有していたということができる。

また、仮に本件家屋が「仮住い」として利用されていたものであつたとしても、「仮住い」も居住用財産に当たることは先に主張したとおりである。

(三) そして措置法三五条一項所定の特別控除制度は、新たな家屋の取得を容易にし住居建設と持家制度の促進を図ることにその目的があるところ、原告は夫博の転勤により東京で仮住いを余儀なくされていたのであるが、大阪への再転勤の可能性がないものと思料されるに至つたので、本件家屋の売却代金をもつて同五一年八月一〇日本件家屋の居住用代替財産たる建物を取得したものであるから、まさに右法の趣旨に合致するものというべきである。

(四) なお、本件通達三五―一(1)によれば、転勤者の場合には配偶者等がその所有家屋に居住し、転勤が解消した後はその者がその家屋に居住すると認められてはじめて措置法三五条一項が適用されることになるが、右通達によれば、転勤者が同条の適用を受けるには単身赴任をして配偶者や扶養親族と別居することを余儀なくされ、転勤のない者と比較し不平等であり違法というほかはない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1の事実及び被告の主張1の事実のうち本件家屋の床面積、課税長期譲渡所得金額の点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件家屋の譲渡について措置法三五条一項の適用があるか否かについて検討する。

1  措置法三五条一項は、個人がその居住の用に供している家屋で政令で定めるもの及び当該家屋とともにその敷地の用に供されている土地の上に存する権利(以下「居住用財産」という。)の譲渡をした場合の譲渡所得の計算にあたり一定額の特別控除を認めているが、これは主として、居住用財産を譲渡した場合にはこれに代わる新たな居住用財産を取得するのが通常であることから、所得税の負担を軽減してその取得を容易にする趣旨によるものと解される。このような特別控除制度の趣旨及び同項の「その居住の用に供している家屋」との文言に照らすと、右の「居住の用に供している家屋」とは、その者が譲渡の時若しくはこれに近接した時期まで、ある程度の期間継続的に居住する意思でこれに起居し、実質的な生活関係の拠点として利用している家屋をいうと解するのが相当である。

2  これを本件家屋についてみると、<証拠略>及び前記争いのない事実を総合すると、本件家屋は床面積が三五一・〇二平方メートルもある部屋数の多い古い建物であつたが、原告は、昭和二六年頃から本件家屋に居住し、博が同四七年二月一日付で勤務先会社の東京営業所長として転勤した当時、本件家屋の一部を他に賃貸し、また留守番として訴外酒井スエコが一室に居住していた(博の転勤及び同女居住の事実は争いがない。)。当時原告の家族は、博と小学生の次男及び東京で生活していた長男の四名であり、原告は同年三月次男とともに東京の家屋へ転居した。東京の家屋は狭いため、かなりの家財道具を本件家屋に置いたままとし、本件家屋の電気・ガス・水道・電話の供給等の契約もそのまま継続していた(電気等の契約の継続の事実は争いがない。)。原告は、将来博が再び大阪勤務となつた場合には、本件家屋で生活する意図を有していたものの、上京後本件家屋を使用するのは、博及び原告が月平均一回位出張又は会合出席のため大阪に赴いた際二、三日滞在する程度で、他は東京の家屋において生活していた。原告らの家族全員は、同月二二日東京の家屋の所在地へ転入し(なお、原告については本件家屋の譲渡後である同五〇年九月二七日いつたん東京の家屋の所在地から本件家屋の所在地へ、さらに同五一年三月一日同所から東京の家屋の所在地へ転入する旨の手続がとられているが、実際にそのような転居が行われたものではない。)(以上のように転入手続が行われた事実は争いがない。)、また、博は、昭和四七年分ないし同五〇年分給与所得者の扶養控除等申告に際し、家族全員の住所を東京の家屋の所在地として届出をしていた。以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、博の転勤後本件家屋を譲渡した三年半ほどの間、東京の家屋において博らと生活していたものであつて、本件家屋は月一回位大阪へ赴いた際の宿泊場所として使用していたにすぎず、継続的に起居し生活していたものではないのであるから、本件家屋に留守番を置き、家財道具を残し、将来再び本件家屋で生活する意図を有していても、本件家屋が生活関係の中心的場所であつたといえないことは明らかである。したがつて、本件家屋は、措置法三五条一項にいう「居住の用に供している家屋」にあたらないと解するのが相当である。

3  原告は、本件家屋の売却代金で本件家屋の居住用代替財産たる建物を取得したから、前記特別控除制度の趣旨に合致し、措置法三五条一項が適用されるべきであると主張するが、右のとおり本件家屋が「居住の用に供している家屋」に該当しないものである以上、その売却代金で居住用代替財産を取得したか否かは、同条の適用とは無関係である。

4  さらに、原告は、本件通達三五―一(1)によれば転勤のある者は転勤のない者に比較して不平等であると主張し、<証拠略>によれば、本件通達三五―一(1)は、転勤のため配偶者等と離れ単身で他に起居している場合であつても、転勤が解消したときは当該配偶者が居住の用に供している家屋はその者にとつてもその居住の用に供している家屋に該当すると定めていることが認められる。しかしながら、右規定は、措置法三五条一項に規定する「その居住の用に供している家屋」の範囲について、転勤者の場合を例として行政解釈を示したにすぎないものであり、転勤者であつてもなくてもなんらかの事情により当該家屋を居住の用に供していない場合には同項の適用を受けえないのであるから、右のような取扱が行われるからといつて、同項が特に転勤者に不利益、不平等な取扱を定めたものといえないことはいうまでもない。よつて原告の右主張も理由がない。

5  以上のとおり、本件家屋は、措置法三五条一項所定の居住用財産にあたらないから、その譲渡に関して同条の適用はないものというほかない。

そうすると、被告が本件課税長期譲渡所得の計算にあたり措置法三五条一項の適用を否認してした本件処分は適法である。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 揖斐潔)

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